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次の祝祭までには

3

「終わったよ奥さん、あたし帰る」その人がいきなりそう言った。
わたしは、茫然と周囲を見回した。床が暖色に変わり、一瞬ハクチョウたちがその上を泳いでいるようだ。家具や絵画がすべて明るく、新しくなったようにさえ見える。
 壁の時計に目をやった時、胸がドキンとした。冷蔵庫の掃除は45分間の超過だった。財布に250シェケルしかない自分は、言い訳がましく謝った。
「いいってこと」老女はそう言って、早々とお札を受け取り、掃除用のゴムサンダルから、まがいものの白い〈puma〉のスニーカーに履き替えた。「もらうのは、いつだって250シェケル。あたし掃除が好き、あなたの部屋きれいになる、わたしの気もちすっきりする、みんな嬉しい」
 ふと、彼女の眼が、そこにあった包みに引き寄せられた。それは、新年の祝祭のために会計士や庭師、美容師にわたしが用意したささやかなプレゼントだった。赤いプラスティックと銀の針金でできたりんご数個に詰まったキャンディーやチョコレート。
「すてき」老女は、目を輝かせてそう言った。
 どうして自分は、この老女を数に入れなかったのだろう?
「じゃあね、奥さん」彼女はそう言って、ゴミ袋を持ち、ドアを閉めて出て行った。
その晩ずっと、わたしは虚ろだった。どうして自分は、あの老女に思いをかけなかったのだろう? どうして眼中に入らなかったのだろう? わたしはいったい、どういう人間なの? この世の中は、どうなっている? 神さまはどう思われる? 夜明け近くになって、心にひとつの思いが沸き上がった — 今までの自分を脱ぎすてて、ひとりの人間に生まれ変わる。
             
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